最高裁判所第三小法廷 平成元年(あ)1097号 決定 1990年1月12日
本籍
大阪府泉大津市東助松町三丁目一一番
住居
同泉大津市東助松町三丁目一一番一六号
会社役員
辻本一成
昭和一三年九月一二日生
右の者に対する所得税法違反事件について、平成元年九月一三日大阪高等裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から上告の申立があつたので、当裁判所は、次のとおり決定する。
主文
本件上告を棄却する。
理由
弁護人木村達也外二名の上告趣意は、判例違反をいうかのような点を含め、実質は量刑不当の主張であつて、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。
よつて、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 坂上壽夫 裁判官 安岡滿彦 裁判官 貞家克己 裁判官 園部逸夫)
平成元年(あ)第一〇九七号
上告理由書
被告人 辻本一成
右の者に対する所得税法違反上告事件につき、被告人は左記の通り上告理由書を提出致します。
平成元年一二月七日
右主任弁護人 木村達也
弁護人 尾川雅清
弁護人 田中厚
最高裁判所第三小法廷 御中
記
一、控訴審判決は、以下の通りの事由があつて刑事訴訟法第四〇五条第一項三号に違反する。また、被告人に対する量刑は不当に重きに失する(刑事訴訟法第四一一条第一項二号)。
二、<積極的な自白と捜査への全面協力>
公訴事実については、被告人は全く隠すところなく全て認めており、争いはない。また、国税局の捜査・取調べに対しては全面的に協力し、一切隠すことなく帳簿等関係書類を提出している。被告人の性格と反省の態度を示すものである。
三、<犯行態様>
1.本業関係
被告人の本業は、鮮魚卸売業であるが、本件が発生した昭和五八年以前には年間の売上も二億円程度で、従業員もおらず帳簿等も殆ど整備していなかつた。いわば、大福帳程度の記帳であり、またそれで十分賄えていた。
このため、税金の申告も前年との比較でやや増額して申告するという遣り方で(この遣り方は、たとえ赤字の年でも同じであつた)、三年おき程度に税務署の調査があり、その度に修正申告をするという状態であつた。
これは、ずさんずさんといえばずさんであつたが、小規模の商人としては、平均的なものであつた。
本件の脱税事件を起こした時期(昭和五八年から昭和六〇年)は、偶々大阪湾に三〇年振りに『大羽鰯』が大挙して現われ鰯の専門業者である被告人も驚く程の商売ができた時期であつたが、被告人としては、大羽鰯の景気も(これは自然現象であるから)長く続く筈がないことを熟知しており、「また損をしても黒字で届ける時もあるから。」と軽い気持ちで従前の申告の遣り方を続けてしまつたものである。
従つて、本件の脱税はさほど計画的に行われたものではない。例えば、泉州銀行や三和銀行の口座も脱税のために開設されたものではないし、名義も偽つていない。脱税の手口も単純である。
2.顧問税理士の責任重大
被告人は税務知識・法的知識に乏しく、商売一筋に生きてきた人間である。学歴も低く、営業形態は小規模・個人営業であつて、税務申告は全て税理士に任せてきたものである。よつて、顧問税理士の指導責任こそ重大である。しかし、被告人はそれをなじることなく一切の責任を被つてきた。
3.株関係
被告人は従前から株式の取引を行つていたが、申告が必要な程の取引を行つたのは、本件の脱税の時期だけである。
このため、被告人も申告の必要性について認識が甘かつたし、証券会社の担当者も(取引を増やして成績を挙げるという営業上の立場もあつて)きちんと被告人に対し申告の必要性を指摘したり促したりしていない。
このため、脱税の手口も単に全く申告しないという極めて単純なものに過ぎない。
4.その他
尚、被告人は『丸優』制度を利用する脱税も行つているが、これは程度の差はあつても、一般社会で広く行われていたものである。
このように、被告人の犯行態様は単純で、特に悪質なものではない。
四、<再犯の可能性>
1.前科・素行関係
被告人には、交通事故の前科が一犯あるだけで、同種の前科はない。また、素行という点から見ても、長く地域で保護司を努める等社会に貢献している。
従つて、前科・素行の点から再犯の恐れは全くない。
2.法人化
被告人は、昭和六〇年一二月に個人事業を法人化にしており、従来のずさんな経理・申告を一八〇度改めている。従前の税理士を解任し(従前の税理士の責任重大である)、新たに別の税理士と顧問契約を締結した。
従つて、この点からも再犯の恐れはない。
3.納税状況
被告人は、納税状況報告書の通り、所得税関係は本税・重加算税等として約三億三、五〇〇万円を完納しており、地方税としても約五、一〇〇万円を納税している。後は、事業税の約九〇〇万円を残しているが、被告人は一切の預金を解約したりゴルフ会員権を全て処分することはもちろん、できる限りの借金をして精一杯納税したものである。
これは、被告人の反省の現われであり、この点から見ても再犯の恐れはない。被告人は「三〇年間営々と蓄積した一切の財産を今回の事件のため全て吐き出した」と話している。被告人は取引先や顧客に関連調査等で迷惑を掛けてはいけないため、一切自分が責任を負つて事件捜査の終結を図つた。この結果、本来は控除されるべき諸経費があつたが経費として出されていない。
4.家族の状況・本人の深い反省
被告人には、病気で長期療養中の長女の外、長男・妻がいるが・今回の事件が新聞に(虚偽の事実を報道されたことを含めて)載つたこともあり、家族全員にひどい迷惑を掛けてしまつた。
被告人は、このように自己の行為が家族及び取引先等にどれほどの迷惑を掛けるかを知り、自己の軽率さを痛感し、充分に反省している。
5.まとめ
これらの事実を総合すると、被告人には再犯の恐れは少ないと認められる。
五、以上の事情を総合して考慮すれば、被告人に対して宣告された懲役一年六月並びに罰金五、〇〇〇万円との判決は、極めて苛酷であり、相当事情考慮のうえ減刑されるべきものと考える。
以上